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君が代と私


親子3代で通ってくれている子もゴールド会員になりました

親子3代で通ってくれている りゅうせいくんもゴールド会員になりました

新年度が始まりゴールデンウィークも終わって、少しずつ身辺も落ち着いてきた頃でしょうか。
そろそろ新しいことを始めようかな、という方が多いみたいです。
たくさんのお問い合わせをいただきありがとうございます。
ジム設立から今年の7月で5年になりますが、今月が一番キックフィット体験者さまが多かったです。

というわけでこんにちは。
名古屋JKフィットネスマネジャーの佐藤嘉洋です。

さて、当ジムのメールやり取りは、実はほとんど私が直接やり取りしております。
どうぞご納得のいくまで、お気軽にお問い合わせくださいませませ。

ただし、私個人についてのお問い合わせは、お控えいただきますようお願いいたします(昨年引退してからは激減しましたが)。

「彼女いるの?」
(結婚して2児の父です!)

「好きなタイプは?」
ガチャピン顔とニット線の持ち主です!)

「男に興味ある?」
(健全な女好きです!)

あくまで、ジムやフィットネスに関してのお問い合わせをいただけたら幸いです。
あ、でも、会員証の裏にもありますが、名古屋JKフィットネスの会員さまは遠慮なく、なんでもご相談ください。
1001の首相撲』なんていう企画で1001の悩み相談も受けた私です。
何らかのアドバイスにはお答えできる……かもしれません。

君が代について語ります

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話はどんどん脱線します。
少々おつきあいください。

これをご覧になっている人は、日本人の方がほとんどでしょうか。
また、日本人じゃなくても日本に住んでいる方が99%かな。
日本の国歌『君が代』ももちろん知っていますよね。

4月の話になりますが、長男の入学式がありました。
昨今、こういった式で『君が代』を歌わない、とか、歌わせない、といった運動があるようです。
たしかに『君が代』は、もっさりとしたリズムだし、音程の幅も広くて歌いにくいし、外国の国歌のようにもっとポップな感じの方がいいじゃん、と私も感じることがありました。
世の中には、いろいろな考えがあります。
反対する人はすればいい。それはその人の勝手です。
ただし、それを他人に強制することは止めてほしいのです。

さあさあ、話はますます脱線しながら、時はグイグイとさかのぼります。
安心してください。最後にはキレイにまとめますから!
2001年8月、オランダのノエル・ソアレス選手との一戦がありました。
お時間のある方は、若かりし頃の私の試合をご覧ください。
思い出の1戦です。
イケイケです。はい、イケイケです。
後先まったく考えてません。

初の海外遠征が世界タイトルマッチ

この激戦がヨーロッパで評価され、ドイツでのWKA世界ウェルター級王座決定戦というビッグマッチに抜擢されたのです。
初めての海外遠征が世界タイトルマッチ。
気丈に振る舞っているフリをしていましたが、内心ガクガクブルブルでした。

ガク ブル子ちゃん

ガク ブル子ちゃん

当時の彼女からもらった激励の手紙を握りしめて、控室で何度も見返したものです(案外ナイーブなんです)。

日本人は私と小森会長と通訳の3人しかいなくて、控室には窓もなく、暖房も効いておらず、室温は一桁。
会長と通訳は大会の進行の様子を見に控え室を出て行ってしまい、1人残された私は、さらにガクブルに。

 

ガクガク ブル子ちゃん

孤独とタイトルマッチの重圧に押し潰されそうになりながら、

「平気だ平気。楽勝楽勝」

と自己暗示をかけてリングに向かいました。
知ってますか?

ツラい……

と思うと本当にツラくなってしまうんです。
いい意味で自分にウソをつきまくりましょう。
他人から見たら自分が不幸に見えたっていいじゃないですか。
自分自身が幸せだと思えれば、それでいいーんです。
ただし、大事なのは、今起こっている現実から目をそらさないことです。
その上で自分は幸せだ、と思い込む。
これで万事OK、レッツゴーです。
どうしてもダメなときは……サンドバッグ叩きましょう。
それでもダメなときは……猫見ましょう、もとい寝込みましょう。

変な猫飼ってました。レオっていいます。

変な猫飼ってました。レオっていいます。

私は、上記のような自己暗示をかけて試合に臨みました。
しかしながら、深層心理では不安な心が見え隠れしていたのも事実。
そこで私は、驚くべき体験をしました。
両国国歌斉唱で『君が代』が流れたとき、全身の細胞がカッと熱くなり、日本で応援してくれている人たちの顔が思い浮かび、

俺はけっして1人じゃない

といたく勇気づけられ、そして、ユーゴスラビアの強敵、ミラン・ステビッチ選手を4RTKOで破り、世界チャンピオンになってしまったのです。

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会場にいた唯一の日本人3名

20歳の若造が孤独に耐えてよくがんばった。
この試合を機にヨーロッパ全土にヨシヒロ・サトーの名前は広まり、2005年にK−1に転向するまで、海外での試合が中心になっていきました。
それからというもの、海外のリング上ではいつも『君が代』が流れ、私の孤独な心を奮い立たせてくれました。
だから、もっさりして歌いづらくて地味な日本国歌だけれど、

私は君が代が好きだ!

健全なナショナリズムを持つことに、何の違和感もありません。
私は日本で生まれました。
だから、この国を愛しています。
それになんといっても、愛を知る県で生まれ育った私ですからね。

そんな人がマネジャーを務めている、キックボクシングフィットネスジムです。
よろしくお願いいたします。

明るく生こまい
佐藤嘉洋

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