映画『クーパー家の晩餐会』

号泣するような感動作ではないが、ほっこり心が温まった作品。

いつだって本当に大事なものは目の前にあるものさ

クーパー家の晩餐会

人は見事に完璧じゃない

クーパー家の晩餐会

この映画にもステキな言葉たちが。いやあ映画って、本当に良いもんですね。私は粘着質なので、こういった言葉を収集し、保存しています。そして今度は、自分の言葉で表現していきたい。

恋愛に年齢は関係ない

特に気に入ったのは、じいさんと美人との淡い恋模様。ちなみにこの美人ウェイトレスは、『レ・ミゼラブル』にも出演しているアマンダ・セイフライド。

恋するのに歳は関係ないのだと感じた。歳が関係するとしたら、「どうせ私は歳だから」と諦めている場合に限る。歳のせいにせず、「私は歳かもしれないが、気持ちは若いままだ」という心持ちでいたい。

悪く言えば、映画のじいさんはストーカーだ。しかし、嫌な思いをさせたわけではなく、ただ足繁く店に通っていただけ。

まずは相手に嫌な思いをさせない。私自身の赤面と反省から学んだ恋愛の鉄則だ。嫌な思いをさせるくらいなら、距離を置いて相手の幸せを願うだけでいい。機会があれば結ばれるだろうし、なければ結ばれないだろう。

どうしても口説き落としたい、という強い気持ちは、独りよがりともいえる。恋愛は相手あってのもの。まずは嫌われないことだ。けれど、臆病になってはいけない。

お金以外の武器を

20代前半の頃、自分と同世代の女の子が、はるか年上の男たちに口説かれているのをよく見かけた。

「負けるわけがない」と最初は思っていた。しかし財力では敵わなかったし、こちらは気持ちの余裕もない。負けるわけがないというより、勝てるわけがなかった。

私は大いに反省した。お金もない。余裕もない。あるのは残された時間の優位性だけだ、と。では、自分にできることは何か?

それは学び、遊び、行動し、経験すること。人間力を高め、楽しい会話ができるようになれば、いつかアマンダ・セイフライドさんにも相手してもらえるんじゃないか。そんな淡い妄想をして、楽しみました。