映画『サバイバルファミリー』 | 名古屋JKF | キックボクシングフィットネスジム

映画『サバイバルファミリー』


すべての電気や電子機器が止まったらどうなるか?

というSF映画。
非常に興味深い題材だった。

途中人として荒んでいく場面はあるものの、基本的には善良な家族と善良な人々によって展開されていく。
もしも現実に起こったら、もっと悲惨なことがたくさん起こったことだろう。

ただし、この映画の設定では核戦争は起こらない。
なぜなら電気がすべて止まっているからだ。
つまり、飛行機も船も動かない。
動いたのは蒸気機関車のみ。
動力が石炭であれば大丈夫だったようだ。

核戦争によって人類が滅亡することはないが、人同士の原始的な争いは各地で勃発することだろう。
しかしながら、人間は人と人が支え合って、協力し合って文明を発展させてきた。
争いだけでは社会は成り立たない。
どこかで手と手を取り合った方が、生き残る可能性は高くなる。

生きていくのに精一杯なうちは

うちのジムなんてのは、芸術や娯楽の部類に属する。
生活に余裕があるから、文化が発展しているからこそ需要が生まれる業種だ。
このようなサバイバルな環境下に身を置くことになったら、まっさきにJKFは存続の危機である。

しかし!

うちのジムは単なるフィットネスではない。
キックボクシングという強みがある。
そして教える技術は世界レベルという特色もある。
このような環境においては、お金よりも肉体的な強さの方が重要視される。
そしてお金は何の意味もなくなる。
まずは自分の身を守り、愛する人たちを危険から遠ざけ、生き残るために、時には争うことも辞さない状況ならば、キックボクシングはかなりの効力を発揮することだろう。
そうなったら私は数多くのキックボクサーを養成し、平和を守るために集落を結成するかもしれない。
フィットネスに特化しているものの、教えている技術は世界レベルのものを提供しているという自負がある。
トレーニングの強度をもう少し高めたら、すぐに実戦要員として肉弾戦ができる。

しかしながら、このような状況に陥ったとき、私は略奪はしない。
専守防衛である。
こちらの大切なヒトやモノに手を出してきたら、「お前らただじゃ済まねえぞ」という気概で生きていく。

人が生き残ることにとって必要なものは、まずは水と食料である。
それが満たされると必要なのは、雨風をしのげる場所と、衣服である。
そしてそれも満たされると必要なのは、風呂と布団だろうか。

この映画では最後には電気が突如として復旧するが、もしもすべての電気が止まったままだったら、と考えると、まずは海や山での自給自足の生活が展開される。
そして、海の人は山の人に、山の人は海の人に余った食料を物々交換するようになるだろう。
経済の始まりだ。
そして食料は腐りやすいので、ここで貨幣が生まれる。
貨幣経済の始まりだ。

そして人間にはこれまでの知恵が備わっているので、信じられないくらいのスピードで経済は発展し、電気以外の環境にやさしい動力源をきっと見つけるはず。
そんな先の物語も観てみたい気がする。

あっ、ここまで書いたのだから、自分で想像すればいいのか!

空き巣に遭ったとき

この映画を観てから我が家を見渡してみると、生きていくために必要なものは驚くほど少ない。
2017年に空き巣に遭ったときも同じことを思った。
高い物はすべて無くなったが、生活に必要なものは何一つ無くなっていなかったのだ。

家があって、食卓もあって、テーブルもあって、電気も点いて、ベッドもあって、布団もあって、TVもあって、時計もあって、風呂もあって、お湯も出て、冷蔵庫もあって、食べ物は何一つ無くなっていなくて……

「特に必要のないものだけ、無くなったなあ……」

とソファにうずまって独り言を呟いた記憶がある。

物はなくなっても、思い出までは盗めない。

思い出は、心の中でもっと素敵に醸成させたらいい。

明るく生こまい
佐藤嘉洋